点心の第一人者

まだ肌寒さが残る3月19日、茨城県取手市にある『千里香』さんを訪問しました。国道6号線沿いにあるビルの1階で点心のテイクアウトと卸をおこなっているお店です。経営者の高野文雄社長は「中華民国37年 中国料理最高資格」を日本で最初に取得された、この業界では知らぬ人のいない調理人さんです。
高野氏は山梨県甲府の出身。青春時代は野球一筋、高校時代は、読売ジャイアンツ堀内監督のライバルとして甲子園の出場をかけ死闘を繰り広げたそうです、しかしいつも決勝戦で負けて悔しい思いをされたと笑いながら語っておられました。
卒業後は家業が料理関係だったことから自然と料理人の道を選んだそうですが、最初から中国料理の世界に入ったわけでなく様々なジャンルのお店で修行しました。
昭和44年(1969年)縁あって東京の赤坂飯店に入り、その後平和島大飯店や富士館会館などで修行をし(詳しくは囲み参照)、昭和50年に前述の「中国料理最高資格」を取得され、昭和52年から「目黒 雅叙園 副調理長」として腕をふるうようになりました。
昭和63年(1988年)、雅叙園の改装休業を機に独立、お店は住まいの近所にと取手に「千里香」を開業、テイクアウトのみですが最高の腕を持つ調理人が作る点心。評判が評判を呼び市内に3店舗を展開するに至りました。しかも業界より請われての技術指導や、スーパー、ホテルに納品と仕事の幅が広がり、今の形ができあがったそうです。
千里香の味は親子鷹
インタビューには次男の賢司氏も同席されましたが、中華業界の「親子鷹」とでも言うのでしょうか、お子様二人とも高校時代は甲子園を目指し、長男の誠さんは後一歩のところで涙を呑まれましたが、賢司さんが夢を叶えられました。
そしてお二人とも料理人の道を進まれ、誠さんは修行のため外で、賢司さんは一緒に「千里香」の経営を手伝われています。親子断絶などと言われている現代社会でうらやましい限りの後継者育成です。息子さんの話をする時の高野氏は料理の世界の話をされる厳しい顔とうってかわって優しい父親の顔になっていました。
業界に幅広い人脈を築き、伝統の味と技を後継に伝えていかなければならないと話す高野氏と、「千里香」の一番大切なものは『手作りの味』、これをこれからも大切に守っていくと力強く話す賢司氏、仕事は地道に手の届く範囲から進めていくとのことですが、今年の目標はとの問いに、事業を広げていくためにまず基盤を作ること、広い作業場を確保することだと明確に答えて頂きました。
ある意味私たちにとって、お得意様であるとともにライバルでもあるのですが、高野氏はそんな些細なことにとらわれない大きな人物です。中華業界発展のため協力し合って行くのが大切であり、お互いの得意分野を伸ばしていくことが一番だと言われました。
同行した野田営業所所長の嵯峨も強くそれを感じ、今後ともより良き関係を築かせて頂けるよう頑張りますと、高野氏の人柄と情熱につきることない楽しいインタビューを締めくくらさせて頂きました。
本当に楽しいお話、ありがとうございました。
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